大変ありがたいことに、私は今まで犯罪や事件に巻き込まれたことがありません。よく聞くスリやゆすり、たかりのようなものにも遭遇したことがありません。まぁそんなに治安の悪いところには行かないからかもしれませんが。
でも一度だけ、緊急事態に遭遇しました。正しくは緊急事態の未遂です。
それはトロントでの出来事でした。初めてのトロント。カナダで最大の都市。極寒の、さらに大寒波が押し寄せていた冬のトロント。
その時期はクリスマスが間近に迫ったころで、地下に発達した繁華街も地上の買い物通りも、羨ましくなるような人の賑わいでした。きっと外が寒いので地下街が発達したのでしょう、私も迷子になりながらも楽しい地下街を散々歩きまわりました。
トロントは背の高いビルが立ち並ぶ大都会です。カナダはこんなに広大な土地があるのに、なぜ建物を高く作るのか、よくはわかりませんがそのビルの一つのホテルに私は泊まっていました。忘れもしない39階です。
夜中も2時を過ぎた頃、火災報知器が鳴ったのです。クリスマスも近いしいたずらか誤作動かもしれないと寝ながら思いつつ、でももし本当の家事だったら…いや、でも十中八九いたずらだろうなどと考えながらも報知器は鳴り止みません。
旅行先ですと、何もなくても普段から有事の際を想定し、私はいつも寝る前に必要最低限のものだけは小さなカバンに入れておいてありますので、とりあえずそのカバンだけ持ち、着るものもかまわずとりあえずコートだけは手に持って外に出ました。
しつこいですがそこは39階です。火災報知器が鳴っているとエレベーターはもちろん使えません。非常階段は大混乱です。さらに当然ながら、下の階に行けば行くほど人が増えていきます。とろとろと階段を下りながら「これが本当の火事だったらとっくに全員終わっているだろう」と近くを歩いている人がぼやいていましたが、本当にその通り、そこで部屋に戻ろうと思っても後の祭りです。せまい非常階段では流れに逆らって歩行することも難しいです。
それでも、どんなに階段が長くても永遠に続くということはなく、いつかは終わります。やっとロビー前にたどり着いた時にはすでに午前3時近くでした。大混雑の玄関前で案の定、べろべろに酔っ払った クソガキども 若者共が警察と消防士さん方と話していました。
本物の火事でなくて本当に良かったのですが、一度止まったエレベーターが再度動くまでには、さらに時間を要しました。1階のロビーの大混乱を避けて外に行きたくても、そこは大寒波のトロント、外に行きたがる人もそんなにいるわけではありません。室内が暖かいことだけでとてもありがたいことなんだとつくづく思いました。
何事もないのが一番ですが、好まずとも有事とはいつどこで遭遇するかわかりません。この火災報知器のお蔭で私はよい避難訓練をさせていただきました。