アイルランドを周ったのは、今から15年近く前、まだダブリンが金融ブームで沸く前です。イギリスの延長のような気持ちで行きましたが、当然ながらまったく違いました。
その違いでいえば、ドイツやフランス、スイスといった大陸のグラデーションな違いではなく、やはり島国同士の間の「違い」だと思います。
言葉一つとっても、英語とアイルランド語が全く違うことも、このときに現地で初めて知りました。ウェールズ語のように、ケルト語族の言葉だったのです。もちろん英語は通じますが、どこか知らない言葉が話されている土地に行くとき、少しでもその土地の言葉を試してみたくなる習性がある私は、そのくらいの予備知識はあらかじめ勉強しておくべきだったと悔やまれました。言葉はその土地の文化そのもの、現地の言葉で通じると、やはり嬉しいです。
私は首都のダブリンから島内をレンタカーで時計回りで海沿いを訪ねました。イングランドも地形的にはだいぶなだらかですが、アイルランドもかなり緑の絨毯調の大地、しかも灰色の曇り空がとても似合うと私は思います。行ったのは夏ですが、青空が出てもすぐにまた雲で灰色に覆われ、ああアイルランドはこうでなくては、とさえ思えてきました。雨あがりの空にはすぐに虹がかかり、それもとても緑の大地にとても似合っていました。
ヨーロッパの大陸の人達は「アイルランドは田舎」と少し斜め上からの目線でいうように、実際ここは田舎です。ウィキペディアを見ますと、私た行った当時はヨーロッパの最貧クラスの国だったようです。確かにフランスやドイツ、イギリスから見たらやはり「何もない」という感覚になりました。私はここの灰色の空と海と緑の絨毯の大地を見たとき、「なんと遠くまで来てしまったことか」と本気で思い、当時は世界の果てにさえ思えました。実際、日本から直行便さえ出ているヨーロッパ大陸より実質的にも遠いです。
でも、そこに住む人々は陽気ですばらしく親切でした。地元の魚料理はシンプルでどこで食べてもおいしく、ベッド&ブレックファースト(B&B)はどの町(村)でも格安でした。イングランドとは比較にもなりません。ここにも住めそうだな感がむくむく湧き上がる場所です。
私はアイルランドの、特に東南の海岸沿いがとても好きでした。青空よりも灰色の空が美しい場所。雲と大地がとても近い場所。緑の大地が灰色の空に合う場所…そんなところはあまりないように思います。そんな曇り空が好きになり、その後、結局私は何度かアイルランドに行きました。
その後間もなくアイルランドは金融を主な産業とする政策がとられ、首都・ダブリンは1990年代後半にはバブルの階段を駆け上がることになります。それがバブルが弾けてからは深刻な不況に陥り、今ではEUの問題児にさえなってしまいました。そんなアイルランドのニュースを見かけると、白い羊がぽつぽつといるだけのあとは何もない緑と灰色の土地を思い出します。今はどのような国になっているのか…私はアイルランドを再訪する機会が今後あるのかなと、ふと考えたりします。
首都のダブリンでさえ、人口が16万の小さな国。そんな小国に降って沸いた儚い金融の夢。たまにテレビで見かけるアイルランドの地方の鉄道も、それでもきれいなだいぶ新しいものになっていました。
バブルがはじけようが不況になろうが、きっとアイルランドの人達は、陽気にたくましく生きているのだろうな…と、それこそ私のアイルランドに対する夢かもしれませんが、実体のない金融商品に踊るよりも大地に根付いた生活を営む温かい人々こそが、本当のアイルランド人なのだと、アイルランドのファンの私は思います。